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潮の走る海で。一本釣りと港の技が出会って “関もの”に。


持続可能な食文化を支える事業者FILE5:佐賀関漁協
[Cover Photo]全国で高級魚として知られる“関あじ・関さば”。その価値と海を支える漁協の佐藤京介さん。

 

佐賀関と佐田岬を結ぶ豊予海峡。このあたりの海は、速い潮に育まれた豊かな漁場があり、サバもアジも、刺身で楽しめて“ひと味ちがう”と、昔からお墨付きです。

けれど、そのおいしさは海の恵みだけではありません。一本釣りの腕。そして、港で魚を見抜き、仕上げる漁協の技。この二つが合わさって、“関もの”は生まれます。

そんな佐賀関にも、気候変動の影響はあらわれています。それでも海とともに、力強く生きる人々がいます。

 

渦の立つ海、漁師の朝

潮がぶつかり、波打つ海面の上で、細い糸を幾本も垂らした船が次々と魚を引き上げていきます。跳ねる魚のしぶきを浴びながら、漁師は手際よく針を外し、魚を船のいけすへ。

佐賀関の朝は、今日も早く、活気に満ちています。

ここは、瀬戸内海と太平洋の潮がぶつかり合う「速吸の瀬戸(はやすいのせと)」。豊予海峡の別名で、潮が複雑に絡み合い、海の中はいつも洗濯機のように渦を巻いていると漁師は言います。その荒々しい流れに揉まれて育ったアジやサバは、なぜ“関”の名がつくのでしょうか。

 

豊後水道の中でも九州と四国が最も接近する豊予海峡。別名「速吸の瀬戸」に“関もの”の漁場があります。

釣り上げたアジやサバは、生かしたまま船のいけすへ入れ、元気なまま港へ運びます。

「魚を生かして港へ着かないと、“関”とは呼べません。」佐賀関漁協の佐藤京介さんはそう話してくれました。

一本釣りで上がったアジやサバは、魚種ごとのいけすに生きたまま港へ。手を触れずに扱うことも、大切な決まりのひとつです。

 

荒々しい潮に揺れながら魚を釣り上げ、船のいけすで落ち着かせ、港へ向かうあいだも一瞬たりとも気を抜かない。一尾をていねいに扱う、その積み重ねが“関”の名を支え、荷捌きの手を経て、全国へと届けられていきます。

船の水槽から、手早く網いけすへ。落ち着かせてから締めることで、魚本来のうまみがしっかり残るのだとか。

 

 

面を読む眼、捌く手

佐賀関の漁師たちは、ずっと昔から、魚が集まる瀬を探して海を渡り歩いてきました。対馬の沖へも、伊豆・八丈のあたりへも、小さな船で出向き、瀬に着く魚を相手に一本釣りを続けてきたといいます。潮の向きや光の具合、魚の気配を読むその感覚は、教科書では学べない“関”の知恵そのものです。

やがて彼らは気づきました。

この海で育つアジは、頭が小さく、身がよく肥え、尾のつけ根が太い。どこか、ほかの海域の魚とは違う姿かたちをしている、と。

「この魚は、ほかとは違う。」

そんな経験則が、やがて“関あじ”“関さば”という呼び名を生みました。

ほかの海域の群れとあまり交わらず、ひとつの場所で育つ独立した群れのことを「系群」と呼びます。「関あじ」「関さば」は、同じアジ・サバでありながら、この豊予海峡に居ついた“系群”なのではないかと言われてきました。

この海域は、海底の起伏が激しく、谷や尾根のような瀬が点在しています。深いところからは湧昇流が冷たい水を押し上げ、夏は涼しく、冬は黒潮の分流がほどよい温かさを運んでくる。海が絶えず呼吸するような場所です。

研究者の調べによると、この海では餌となる小さな生き物が豊富で、そこに居つくアジやサバは、潮にもまれながら、ゆっくりと身を鍛えていくのだそうです。本来は大きな群れをつくって海を回遊するアジやサバも、このあたりでは一帯の瀬に住み着くように暮らしているのだとか。金色の光沢と、ぎゅっと締まった身は、この海に育まれた証でもあります。

不思議なのは、アニサキスがほとんど見られないこと。「捌きの担当になってから、一度もアニサキスを目にしていません」と佐藤さん。潮が速い海域だから寄生虫が付きにくいのでは、と現場ではそう語られており、このあたりでは、生で食べて楽しむこともごくふつうです。

漁師が港に戻ると、漁協の「買い子(かいこ)」が魚を迎えます。

買い子とは、魚の状態を見極めて値をつける専門の職員のこと。佐賀関では、この買い子と漁師の信頼関係が、独自の買い付け文化をつくってきました。それが「面買い(つらがい)」。

体重を量らず、魚体を“面”で見て値段を決める佐賀関ならではの方法です。姿かたち、張り、色艶、活きの良さ。そのわずかな差から100g刻みで値を読み取るには、何十年も魚を見つめ続けてきた眼が必要です。重さを量らないのは、魚を暴れさせて身が割れるのを防ぐため。一本釣りで丁寧に扱われた魚を、最後まで傷つけないための工夫です。

船には買い子が乗り込み、網越しの重さや張りで値をつけていきます。

 

その後、出荷先に合わせて、漁協職員が一尾ずつ神経締めを行うこともあります。包丁で脊髄を切り、血を抜き、氷でしめる「活けじめ」です。こうした工程をすべて手作業で行うのは、関ものの品質を守るため。

本物の「関あじ」「関さば」であることを示す認定シールも、佐賀関のこだわりのひとつ。濡れると破れる特殊紙でできており、偽造防止の役割に加え、ていねいに扱われた魚であることを伝える印にもなっています。

生かしたまま港へ運ばれ、面買いで選ばれた魚は、行き先に合わせて最良の状態になるよう仕立てられる。その一尾一尾に、漁師と買い子、漁協職員の技と誇りが宿っています。

 

佐賀関から獲れたことを証明するシール。本物の証として料理とともに出す店もあるといいます。

 

ベテランの背中と若い手。この海で漁をつなぐ

夜の気配が薄れ、海の面がほんのり明るくなるころ、漁師たちは港を離れます。漁場まではおよそ40分。朝5~6時に沖へ出て、午前中には仕事を終えます。

午後は家でゆっくりする人もいれば、趣味の時間にあてる人も。潮の動きに合わせて身体を動かし、海が静かになれば、暮らしもゆったりと静まる。そんな時間の流れが、この土地には根づいています。

佐賀関には、ほかの漁場ではあまり見られない支え合いがあります。生かした魚を丁寧に受け渡し、その後の仕立てまでを信頼して託す。長年、漁師と漁協が積み重ねてきたこの連携が、佐賀関の魚の価値を支えてきました。

かつて1,300人を超えていた漁師の数は、今ではその三分の一ほどに。それでも70代、80代の漁師たちは元気に海へ向かい、長年の経験で、潮や魚の機嫌を読み続けています。

一方で、行政のサポートや就業フェアも後押しとなり、若い世代や、都会から移り住んだIターンの漁師も少しずつ加わってきました。この海でなら、自分の手でつくる暮らしの楽しさを思い描ける。そんな生き方を選び、この地に根づく人が、いま少しずつ現れています。

ベテランの背中と、若い手。世代のちがう手が同じ海で一本釣りを続けることで、この町の漁は、次へとバトンをつないでいます。

朝の漁を終え、船は港へ。「今日はどうだった?」そんな声が飛び交う、佐賀関らしい朝のひとこま。

 

海のジビエ、七つめの恵み

アジ・サバ・イサキ・ブリ・タイ・太刀魚。佐賀関では昔から、この六つの魚が“関の魚”として親しまれてきました。豊予海峡の速い潮と、複雑な海底地形が育てる、いわば、この海を象徴する六つの恵みです。

 

キラキラと銀色に輝く太刀魚も、この海を支える大切な魚。ていねいに箱へ詰められ全国へ。

 

 

けれど、この海も少しずつ姿を変えています。ここ数年、メジロザメ属のサメが増えてきました。南の海からの回遊か、海水温の変化かはわかりませんが、アジやサバ、ブリを追って食べてしまう厄介者として扱われてきた魚です。

「釣り上げた魚を横取りされるんですよ。道具もバラバラにされてしまって。」

佐藤さんは苦笑しながらも、その変化を受け止めています。かつては駆除するしかなかったサメを、佐賀関漁協はある年から買い取って活かす道をつくりました。ここから、佐賀関に新しい循環が生まれます。

 

釣り上げられたサメ。側では漁協の職員と漁師さんが胃の内容物を確認していました。

 

 

メジロザメは、高タンパク・低脂質で、思ったよりもクセのない肉質。フライや唐揚げにすると食べやすく、いまでは学校給食にも採用されるほど少しずつ身近になり、漁協の隣の直売所の「シャークバーガー」も定番になってきました。

佐賀関漁協では、荷捌き所に直売所が併設され、朝どれの魚や加工品が並びます。

特製シャークバーガーとフライは、低脂質で食べやすいと定評。漁協隣の直売所で販売しています。

 

さらに、皮はなめして名刺入れに、歯は磨いてストラップに、ヒレは気仙沼へ送られ、フカヒレとして新たな命を得ます。

サメ皮をなめしてつくる小銭入れと名刺入れ。メジロザメが“暮らしの道具”として生き直す

 

 

“海のジビエ”ともいえるサメが、丸ごと生かされることで、海の変化そのものが新しい価値の芽になりつつあります。

六つの主役に加わった“第七の魚”。海とともに変わり続けるこの土地らしい、七つめの恵みが生む循環の姿です。

 

 

唯一無二ののひとさら

この海では、むやみに獲らず、海を休ませる時間を大切にしてきました。月に一度の休漁日にくわえ、アジやサバは一年に10日ほど、まとまって漁を控える期間があります。自然と向き合う仕事だからこそ、海に静けさを返す文化が根付いています。

そして、その営みを支えてきたのが漁協です。一本釣りでていねいに扱われた魚を、港で受けとり、最良の状態に仕立てて送り出す。扱い方や品質を守りながら、漁師を支える存在として、この町の魚の価値を下支えしています。

 

朝の水揚げが落ち着いた頃、佐藤さんが選別から出荷までの流れや、漁協と漁師の役割を丁寧に説明してくれました。

 

漁協から車で約4分ほど。白木海岸にある「あまべの郷 関あじ関さば館」は、獲れたての“関あじ・関さば”をそのまま味わえる、地元でも評判の店です。

関あじは、ひと口で驚くほど澄んだ金色の身がほどけ、生き生きとした弾力と、潮の香りがすっと広がります。関さばもまた、しっかりとした歯ざわりのあとに脂の甘さがふわりと残り、思わず手を止めてしまうような余韻があります。

 

一本釣りで揚がった関さばを、刺身でいただきました。港町だからこその鮮度がうれしい。
見た目の迫力もごちそう。佐賀関の魚を贅沢に盛り合わせた、人気の「関の海鮮丼」。

大分の郷土料理「りゅうきゅう」をどんぶりに。小鉢、味噌汁、漬物付きで満足感たっぷり。

 

 

大きな窓から豊後水道が一望できるレストランでは、佐賀関の海の幸・山の幸をふんだんに使った料理が楽しめます。

名物は、関あじ・関さばの姿造りと海鮮丼。季節によっては“くろめ料理”も味わえる、地元で人気の食事処です。

広々とした窓辺のカウンター席や開放感のあるテーブル席から眺める海は格別で、「この景色の中で食べる関あじ・関さばは、本当においしい」と声が寄せられています。

 

佐賀関の海は今日もいのちが躍る

佐賀関には、“いのちの循環”が育まれる土壌があり、その素晴らしさを語り継ぐ人の知恵が息づいています。そうした重なりの先に、「関あじ」「関さば」は旅立っていきます。

細い糸を操る指先の緊張、潮の変化を読む静かな気配、船や港のいけすで静かに呼吸する魚の鼓動。佐賀関の朝は忙しく過ぎていきますが、「魚がよい状態で、漁師が笑顔で帰ってきてくれると嬉しいですね。この海は、まだまだやれますよ。」と佐藤さんが語るように、この海を支える人々の力強い思いがあります。

 

今日も私たちの目に見えない海の底では、速い潮をすべるようにアジの群れが形を変え、サバは金色の光をまとって浅い岩場を横切り、太刀魚が尾をひらめかせ、稚魚やプランクトンが谷間を行き交っています。
そこへ、気候や潮の変化で新しい魚種も加わりながら、海は変わり続け、その日その日の営みを続けています。

そのにぎやかな海で育まれたいのちを、私たちはありがたくいただく。海も、人も、その営みの中で輝きながら。佐賀関のめぐりは、そんなふうに続いていきます。

 

 

「関あじ・関さば」を味わいに、大分へ

 

あまべの郷 関あじ関さば館

〒879-2202 大分県大分市大字白木949 Googleマップ
TEL:097-575-2338
営業時間:10:00~21:00

 

2025年10月取材