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湯けむりの町を、かぼすの香りでいっぱいに。よそ者の仕事が、土地に根づくまで。
持続可能な食文化を支える事業者FILE9:かぼす本家[Cover Photo]別府の山の上にあるかぼす園にて、代表の星野さん。
大分県を代表する農産品、かぼす。そのなかでも『別府湯けむりかぼす』という、個性あふれるかぼすがあります。
別府に移り住み、畑と加工場を行き来しながら、栽培へと踏み出していった、その香りの行方を追いました。
福岡から別府へ。よそ者としてのはじまり
かぼす本家のはじまりは、別府の出身者ではなかったところから始まっています。星野賢一さんの父は、福岡で調味料会社の経営をしていました。縁あって別府の加工品販売会社を引き継ぎ、1998年に「かぼす本家」を立ち上げます。
当時、星野さん自身は福岡で銀行員として働いていました。かぼすが柑橘であることすら、正直よく知らなかったといいます。
転機は突然でした。父が病に倒れ、会社の後継をどうするかという現実が、否応なく目の前に現れます。悩んだ末に銀行を辞め、関連会社で経験を積み、2003年に別府へ移り住みました。
「何もわからないところからのスタートでした」
星野さんはそう振り返ります。
移住者として別府に入った当初、頼れる情報はほとんどありませんでした。農業のことも、加工の現場も、商流も、地域の慣習も、一つずつ自分で確かめていくしかなかったといいます。
畑に足を運び、加工場に立ち、地元の人の話を聞く。少しずつ顔を覚えてもらい、仕事を通して関係を築いていく。よそ者だからこそ、時間をかけて入り込む必要がありました。
気がつけば、別府での暮らしは20年以上。畑と加工場を行き来する日常のなかで、別府という町だけでなく、大分のかぼすを取り巻く現実とも、向き合うようになっていきました。逃げずに続けてきた時間そのものが、かぼす本家がこの土地に根づいてきた理由でもあります。

別府に移り住み、畑と加工場を行き来する日々が始まった
全国へ、じわじわと。その一方で
大分県は「一村一品運動」によって、麦焼酎や椎茸など、県内各地の特産品を全国へ発信してきました。かぼすも、その代表的な存在として、県内ではとても身近な果実です。
地元の方に話を聞くと、果汁に砂糖を入れて飲んだり、肉や刺身、焼き魚にかけたり、味噌汁に入れるという声も聞かれます。風邪の引きはじめに使う、という家庭も少なくありません。
一方で、全国的に見ると、かぼすはまだ使いどころが知られ切っていない柑橘。すだちやゆずと混同されることも多く、違いや使い方まで届ききっていないのが現状です。
さらに、収穫量や流通の仕組みによって価格は大きく変動します。豊作の年ほど価格は下がり、生産者が価格を決められないまま、1kg数十円になることもあります。

3haほどある自社農園から年間約60t。足りない分はいろんな農家から支えてもらいます
「認知は少しずつ上がってきています。でも、使い切れていない果実だと思うんです」
星野さんはそう話します。
人手不足もあって、高く売れる緑のかぼすを収穫しきれず、黄色へと熟していく。皮がやわらかくなって扱いにくく、流通に乗りにくいため、地元だけで消費されることも少なくありません。
「捨てる側に回る果実があるのを、どうにかしたいんです」
一村一品で知られる一方で、現場には、数字だけでは見えない現実がありました。

晩夏から初秋の青いかぼすが、時間とともに黄色く色づく。酸味がやわらぎ、香りが深まる完熟の姿
別府の香りを、かぼすにのせて
かぼす本家が育てるブランド『別府湯けむりかぼす』は、この町の日常の風景から生まれました。
温泉観光の町として知られる別府は、大分県の中でかぼすの作り手が多い地域ではありません。それでもこの町で、かぼすの香りに可能性を重ねてきたのが、星野さんです。
温泉地の建物のあいだから、ゆっくりと立ちのぼる湯けむり。別府湾へとなだらかに続く町並みに、白い湯気がたなびいていく。
「こんな風景は別府ならでは」
星野さんは、この景色が好きだと言います。
「この風景を自社の商品に重ねて届けたいんです。別府らしい、あったかなイメージが伝わる名前にしたかった」
別府ならではの名前をつけることは、果実に背景を授けることでもありました。硫黄の香りがほのかに漂う別府の湯に身を置くように、爽やかな柑橘の香りの中で、この町の空気や時間を感じてもらえたら。そんな思いが、その名前には込められています。

別府・浜脇地区の自社農園。傾斜を利用して栽培し、香り高く、果実味のあるかぼすを育てています
『別府湯けむりかぼす』は、特別な品種ではありません。けれど、どこで育ち、どんな空気の中にある果実なのかを伝えることで、かぼすの見え方は、少しずつ変わっていきました。
県外の料理人やバーテンダーも香りに注目し、鍋物や揚げ物、肉料理、焼酎などに使われるようになりました。「香りが強すぎず、味が整う」。そんな声とともに、かぼすは料理や酒の味わいを支える存在として、少しずつ受け止められていきます。
「別府に来た当初は、知り合いも少なく、土地のこともわかりませんでした。それでも、仕事や休日の交流を通して少しずつ顔を覚えてもらい、関係は時間をかけて積み重なっていきました」。そう話す星野さん。
海が近く、釣り仲間ができ、食べ物もおいしい。気づけば、気軽に声をかけ合える友だちも増え、「過ごしやすい町」だと感じるようになったといいます。
別府は、かつて新婚旅行の地として知られ、バスガイド発祥の地ともいわれています。
人を迎え入れ、もてなす文化が、町の空気として今も息づいています。関わり続けることで、最初は戸惑いながらも、時間をかけてその輪の内側に入っていける町です。
他の柑橘と混同されやすいかぼすに、「どこで、どんなふうに育まれてきたか」という物語を添える。それは、かぼすと別府という土地、その両方と向き合ってきた時間が導いた、自然な帰結でもありました。

温泉地別府で育つ、冬の黄色いかぼす。酸味がほどけ、香りが丸くなる
加工することで、使い切る
星野さんは、ネーミングに加え、生果のままでは十分に伝えきれない魅力を、加工というかたちで届けてきました。
果汁、ぽんず、かぼすこしょう、かぼすはちみつ(シロップ)、ジャム、菓子類など。皮まで使い、香りも栄養も余すところなく生かす工夫を重ねてきました。
かぼすには、消化を助け、脂質の代謝を改善するとされるポリフェノールの一種が含まれています。穏やかな酸味は、揚げ物や肉料理の重たさをやわらげ、自然と塩分を控えた味付けにもつながります。
そうした特長は、地元では昔から感覚的に知られ、日々の食卓の中で自然に使われてきました。体にやさしく、心地よい後味。暮らしの中で、まだまだ出番のある果実です。

かぼす本家のオリジナル商品。調味料からシロップ、菓子まで、大分・別府の香りを暮らしへ
たとえば、別府湾サービスエリアのお土産店では、かぼす本家の『かぼす搾り100㎖』を購入することができます。湯けむり別府で収穫されたかぼすを贅沢に使った果汁で、余計なものは加えていません。家庭でも使いやすく、大分らしさが伝わる一本として、お土産にも選ばれています。

寒さが増す12月。加工場に運び込まれた、採れたてのかぼす
加工場では、12月初旬、たくさん収穫された黄色いかぼすを皮ごと丁寧に洗う作業が行われていました。ひとつひとつ手に取り、泥やほこりを落とし、次の工程へとつないでいきます。
「かぼすは、青いうちに出荷されることが多い果実です。けれど、収穫の時期を過ぎて黄色く色づいたかぼすには、酸味がやわらぎ、香りがふくらむという別の魅力があります」。
星野さんは、そうした完熟の姿にも、まだ伝えきれていない可能性があると言います。

夏の終わりに青く実り、冬に向けて黄色く色づいていく
季節や果実の特性を生かしながら、香りや味だけでなく、安心して使ってもらえること。そして、その先にある食卓の時間まで描いて、暮らしに役立つ加工品をつくっています。
卸売りや加工から始まったかぼす本家は、2010年に自社農園も持つようになり、原料となるかぼすを「どう育て続けるか」という問いにも向き合うようになりました。
どんな環境で、どんな形で続けていくのか。やがて、加工と畑を切り離さず考えるようになり、畑のあり方そのものを、あらためて見つめ直すようになります。

皮まで使うからこそ、洗いはしっかりと。冬の工場に、静かな手の音が続く
斜面という常識を変えたい
もともと柑橘類は、山の斜面を活かした栽培が主流です。根に余分な水がたまらず、味が濃くなると言われています。水はけがよいところを好む一方で、苗の時期にはしっかりと水を与える必要があり、自然条件と人の手、その両方が欠かせません。
かぼす本家でも、引退する方からゆずり受けた斜面の農園で、栽培をはじめました。しかし、人手不足や安全面を考えると、少しずつ課題も見えてきます。
猛暑のなかでの草刈り作業。高い場所での脚立作業にともなう転落の危険。斜面の上り下りも年配の人をはじめ、負担の大きい仕事です。

体力のいる斜面作業を担う、頼もしいスタッフが冬の収穫を支えています
「このやり方のままで、これから先も続けられるのか」
現場の声を聞くなかで、星野さん自身も考えるようになりました。
そこで進めているのが、平地での栽培への移行です。日当たりと風通しの良い場所を選び、水はけを確保しながら、平らな畑を少しずつ整えていきます。機械が入り、車で作業できる畑にすることで、作業効率と安全性の両立を目指しています。
「年配の方もそうですが、若い方にも来てほしい。やり方を変えないと、続かないと思っています」
これは急激な転換ではありません。斜面で培ってきた知恵や経験を無駄にせず、少しずつ、次の世代へ渡していくための選択です。畑のかたちを変えることは、働き方を見直し、未来への入口を整えることでもありました。

作業の安全性と続けやすさを考え、平地での栽培を模索しています
いまあるものの値打ちを育てる
かぼす本家の歩みは、特別な成功談ではありません。
よそ者として別府に入り、安さや人手不足といった現実に向き合いながら、試行錯誤を重ねてきた時間です。
現場には、収穫しきれない実が出てしまうことや、担い手不足によって仕事を続けにくくなることなど、複数の課題があります。それでも、いまあるかぼすをどう活かすか。その魅力を暮らしの中でもっと楽しんでもらうには、どう伝えればいいかを考えてきました。
湯けむりの町で、かぼすを育て、加工し、届ける。派手さはありませんが、その積み重ねが、少しずつ土地に根づく仕事をつくっています。
「いまあるものの値打ちは、育てていくものだと思っています」
星野さんの言葉は控えめですが、畑と工場を往復してきた年月が、その言葉に確かな重みを与えています。

湯けむりの町・別府で、かぼすと向き合い続ける日々
「別府湯けむりかぼす」を味わいに、大分へ
別府湾サービスエリア
〒874-0011 大分県別府市内竈3677ー43ー2 Googleマップ
TEL:0977-27-8116(上りSA)
営業時間:7:00〜20:00
別府湾SAのほか、JR別府駅・トキハ・その他別府の土産物店でご購入いただけます。
2025年12月取材