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有機の里・臼杵。生姜のぬくもりが、まあるくめぐる町で。

持続可能な食文化を支える事業者FILE2:後藤製菓
[Cover Photo] 自社の生姜畑で掘り起こしたばかりの生姜を抱える、後藤製菓の五代目・後藤亮馬さん。

 

生姜は、昔から暮らしのそばにある、心強い食べものです。すりおろして飲めば、体をふわりと温め、薬味として添えれば、料理の輪郭をきりっと整えてくれる。日々のごはんを引き立て、香りとともにさわやかな余韻を残してくれます。

臼杵は、かつて生姜とともに暮らしてきた町でした。江戸時代には一大産地として知られ、その魅力は、名物の『臼杵煎餅』にも息づいています。いま、生姜からもう一度この町の食文化を見つめようとする動きが少しずつ広がっているようです。

あたたかな香りが流れて

大分県南東部にある臼杵は、海と山がほどよく寄り添う小さな町です。豊後水道の潮の香り、野津と呼ばれる山の畑から吹く土の匂い、そして城下町に残る石畳の静けさ。町に漂うあたたかい匂いが、ここで暮らす人の気風をゆっくりと育ててきたように感じます。

臼杵の人は控えめで、でもとてもあたたかい。知らない人にも「どちらからですか?」と自然に声をかけ、子どもには大人がみんなで目を配る。昔ながらの地域で育てる空気が、そのまま残っています。

その気風は、町のものづくりにも通じています。臼杵は『有機の里』として、町ぐるみで土づくりに向き合ってきました。市が完熟堆肥をつくって農家へ分け、学校給食でも地元の有機野菜を使う。畑と食卓をつなぐ循環が息づく町です。

生姜もまた、この町の気質に寄り添う作物です。水はけのよい台地と温かな気候のもと、明治から大正にかけては広大な生姜畑が広がり、その品質は“九州一”と評されるほどでした。

けれど、いま『臼杵生姜』という名前は市場からほとんど姿を消し、畑も作り手も少しずつ減ってしまいました。“幻”と言うには大げさかもしれませんが、臼杵が生姜の一大産地だったことを知る人は、今では多くありません。

ふかふかの土を掘りあげると、根元には生姜がびっしりと連なって実っていました。

 

暮らしの中に息づく、生姜の記憶

臼杵の風土の中で育まれてきたのが、長い歴史をもつ臼杵煎餅です。小麦でつくる素朴な菓子に、生姜のさわやかな香りが加わった風味豊かな味わい。江戸時代後期に地元の特産品として生まれた臼杵煎餅は、少しずつ臼杵の名物として形づくられていきました。

やがて、「国宝臼杵石仏のお土産」として、観光とともに歩む時代が訪れます。その歴史は臼杵煎餅にとって大切な一面ですが、その一方で、生姜の香りが伝えてきた“臼杵らしい食文化”や暮らしの記憶が、どこか薄れていく時期もありました。

そのことに向き合っているのが、後藤製菓・五代目、後藤亮馬さんです。「地元で生姜栽培が生き返れば、臼杵煎餅も新たに生き返る」。かつては畑でも台所でも、生姜は臼杵の暮らしの中心にありました。そんな風景を思い起こしながら、もう一度、その香りを暮らしに届けたい。そう願って、後藤さんは家業の原点へ、そして臼杵の食文化の深い源流へと歩みを進めています。

生姜蜜を刷毛で描く、臼杵の伝統技法。

その丁寧な手仕事が、煎餅に味わい深い表情を生み出します。

 

臼杵煎餅を、もう一度見つめて

後藤さんが家業に入ったのは、大学を卒業して間もない頃でした。父から「継いでくれ」と言われたときも、どこか“そういうものなのかな”と受けとめただけで、当時はまだ、自分が家業ときちんと向き合っているという実感は薄かったと言います。

家業を継いだ同世代の仲間たちとの交流から、後藤さんの中で「家業の原点」が見えてきたといいます。

 

そんな後藤さんの気持ちが少しずつ動き始めたのは、若手事業者の交流会に参加するようになってからでした。同じように家業を継いだ仲間たちが自分の仕事を語り、社会のことを真剣に話し合う姿に触れ、家業の文脈をたどりながら、臼杵で働く意味を自分のなかで少しずつ確かめていったのです。

そこへ重なるように、コロナ禍が訪れます。

臼杵を訪れる観光客が一気に減り、観光土産として育ってきた臼杵煎餅のあり方に、改めて向き合わざるをえなくなりました。

「もう一度、会社の想いから考えよう。」

そう思い立ち、臼杵の町や畑を歩く時間が増えていきます。土地の歴史に触れ、そこで続いてきた人の営みを見つめるうちに、大切にすべきものが少しずつ輪郭を帯びていきました。

「私たちのものづくりって、人と人が支えあってきた知恵の積み重ねなんですよね。そのことに気づいてから、“和”や“ぬくもり”を真ん中に置きたいと思うようになったんです。」

後藤さんがそう話す言葉の奥に、後藤製菓が新しく掲げた「食から、温もりの環を拡げる」という想いが、そっと重なります。

土地の豊かさに目を向けるうちに、もうひとつの答えが見えてきました。臼杵煎餅は、いつの時代も生姜とともに歩んできたお菓子だということ。ならば、生姜からやり直そう。

その小さな決意こそが、臼杵煎餅の未来をもう一度見つめ直す旅の始まりでした。

 

畑から菓子へ。風土をまるごと届ける

臼杵煎餅の原点へと立ち返り、「生姜からやり直そう」と決めた後藤さんは、2022年、生姜の自社栽培に踏み出しました。化学肥料や農薬を使わず、臼杵の風土をそのまま生かす畑をつくるところからのスタートでした。

有機での生姜栽培は想像以上に難しく、畑の機嫌を読み取るのにも、病気の兆しを見つけるのにも時間がかかります。それでも、仲間に相談し、土に触れ、季節の巡りを見守りながら、少しずつ生姜がよろこぶ環境を整えていきました。

やがて、ふかふかとした土の中で、のびのびと育つ生姜が採れるようになりました。その力強い香りとみずみずしさは、後藤製菓の製品づくりの核となっていきます。

臼杵で栽培されるのは「大生姜」という品種。

香りがよく、辛みは穏やか。加工にぴったりの生姜です。

 

臼杵という土地が育んできた知恵も活かし、葉も、茎も、根も、できる限り無駄にせずに使い切る。今では、そんな当たり前の手仕事こそが、後藤製菓のものづくりの芯になっています。

搾汁後の生姜かすは粉末へ、葉と茎は堆肥として土へ戻し、さらに葉を温浴素材として活用するアイデアも生まれています。

 

町ぐるみで育まれた完熟堆肥〈うすき夢堆肥〉。この土づくりが、おいしさと強さを支えています。

 

生姜は連作が難しい作物として知られています。同じ畑でつくるには4年ほど間をあけ、輪作や休耕と組み合わせながら土を休ませる必要があります。さらに、有機栽培では、病気への心配をはじめ、畑に手をかける時間も増えていきます。

そんな話の中で、後藤さんがぽつりと語った一言が印象的でした。

「有機で生姜をつくるには、必要な農地が4倍いる。でも見方を変えれば、“オーガニックな農地を4倍に増やせる”ということなんです。」

生姜づくりには制約もあるけれど、見方を変えれば、豊かな畑をゆっくり育てていくきっかけにもなります。そして、その土をまた次の世代に手渡すことができる。その一言に、土地と寄り添うものづくりへのまっすぐな想いが感じられます。

仲間たちと力を合わせ、いつかはすべての商品を自社有機に。後藤さんの描く臼杵の未来です。

 

臼杵煎餅と、新ブランド「生姜百景」

臼杵を訪れたら、まず手に取りたいのは、やはり臼杵煎餅です。江戸時代後期から続く素朴な味わいは、いまも一枚一枚、刷毛で生姜蜜を塗って木目を描くようにつくられています。噛むほどにふわっと生姜の香りが立ち、甘さも辛さも主張しすぎない、臼杵らしいやさしい味です。

一方で、後藤さんが新しく立ち上げた「生姜百景」は、原点から芽生えた、日々の暮らしに寄り添ったブランドです。2023年に誕生し、2024年には有機JAS(農業)認証を取得。畑で育てた生姜そのものを活かすラインナップは、発酵ジンジャーエール、シロップ、粉末などへ広がっています。

なかでも、大分らしさを感じる一品として、『有機ジンジャーショット』があります。別府の地獄蒸しの蒸気でじっくり火入れすることで、生姜本来の辛みがやわらぎ、体にすっと染み込むような味わいに仕上がります。砂糖や添加物を使わず、土地のエネルギーをそのまま借りるつくり方。ひと口ふくむと、からだの内側がゆっくりほぐれていくようです。

別府の蒸気で24時間じっくり地獄蒸し。濃縮ジンジャーショットは、身体の内側からめぐるおいしさが人気。

 

後藤製菓がめざすのは、ただお菓子をつくる会社ではありません。有機農業や廃棄を無くす生産工程など、環境へ配慮した食料システムを大切にし、「温もり」をこめた食の商品を通して人と人の繋がりを育む。持続可能な社会を支える「循環型の食文化創造企業」でありたい。そんな思いが、しっかりとかたちになっています。

臼杵煎餅と生姜百景。どちらも、臼杵に息づく自然と人々の営みが、そのまま味わいへと結びついています。

乳酸発酵が生むやさしい味わい。クラフトな発酵ジンジャーエールは、本店でも。

 

臼杵の風土と、人が紡ぐやさしい循環

臼杵の食文化は、味噌や醤油に息づく発酵の力、完熟堆肥で育った野菜のたくましさ、やわらかな水の恵み。この土地の風土と、人々の営みが重なり合って育まれたものです。

その風土を背景に、後藤製菓のものづくりには、暮らしを支えてきた生姜を中心に「変わらないもの」と「変えていくもの」がお互いに寄り添っています。有機の畑、発酵の知恵、温泉蒸気の力とともに、臼杵の未来へ向けて確かな一歩を積み重ねています。

そして何より、この営みを支えているのは人のつながりです。一緒に生姜を育てる仲間たちとは、毎年の出来や畑の状態を語り合いながら、どう育てれば香りがより立つか、どこに病気の兆しがあるか。そんな対話の繰り返しから、小さな発見や新しい工夫が生まれてくるそうです。

有機生姜づくりの難しさも、仲間と向き合えば、一歩一歩前進していきます。

 

昨年の誕生日、後藤さんのもとに従業員から黄色いつなぎが贈られました。背中には後藤製菓のロゴ。畑の緑にすっと映える、明るい色合いです。

「社長にも、このつなぎで一緒に畑に入ってほしいんです。」

そう言われた日のことを、後藤さんは照れたように笑いながら話してくれます。

社員から贈られたロゴ入りつなぎ。生姜畑で、鮮やかな色がよく映えます。

 

臼杵の風土と生姜が、人と人の輪を結び、暮らしの中に息づいていく。サステナブルとは、難しい概念ではなく、こうした日々の往復の中で生まれる、小さな循環の積み重ねなのだと感じます。

この町で育まれた味は、いくつもの手と想いを受けながら、次の季節へ、そしてまたその先へ。旅の途中、生姜の香りがふわりと広がるお菓子と一緒に、臼杵に流れるやわらかな時間まで、ゆっくりと味わってみてください。

 

「臼杵煎餅」を味わいに、大分へ

 

後藤製菓本店「石仏会館」

〒875-0064 大分県臼杵市深田118 Googleマップ
TEL:0972-65-3555
営業時間:8:00~16:30
定休日:無休
アクセス:JR臼杵駅からバスで約20分、臼杵石仏バス停下車すぐ
Instagram:@usukisenbei_gotoseika

 

 

2025年10月取材