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水辺の土が美しい土地に。蛍が集い、四季が育てる宇佐の有機野菜。

持続可能な食文化を支える事業者FILE4:さとう有機農園
[Cover Photo] 農園を受け継ぎ、有機農業をどう拡げていくかを語る代表の平子直之さん。

 

大分県宇佐市。

蛍が舞うほどに水が澄み、微生物が豊かに働くこの土地で、さとう有機農園では、土づくりの技と多品目を支える知恵、そして人を育てるまなざしが重なり、四季折々の野菜が育っています。

蛍の光が教えてくれたこと

夜の畑に、ふわりと光が浮かぶ。十数年前、大分を訪ねた平子直行さんが足を止めたのは、畑や小道の間を舞う蛍の光でした。

ここは大分県宇佐市。全国八幡社の総本宮・宇佐八幡宮を中心に、水を大切にする暮らしが、長い時間をかけて育まれてきた町です。

その後、茨城県からこの地へ移り住んだ平子さん。今では目にする機会が少なくなった蛍が、季節を告げるように飛び交う光景に、この土地が持つ力を感じたと言います。

土の排水性、ミネラルバランス、微生物の働きを大切にした、さとう有機農園の静かな午後の風景

 

サラリーマン、公務員など、若い頃からさまざまな職を経験し、縁あって農業の世界に飛び込んだ平子さん。畑に立つようになってから、気になりはじめたことがあると言います

「体の健康を支える野菜のはずなのに、作り手の体が先に悲鳴を上げることがある。その矛盾を、どうしても放っておけなかったんです。」

茨城にいた頃、農薬を使う仲間たちの体調の変化を、平子さんは身近に感じていました。そこから、「食べる人の体も、作る人の体も守れる野菜づくりとは何か」を考えるようになり、土や堆肥に目を向け、有機農業へと歩みを進めていきました。

 

季節ごとに作物が入れ替わり、たくさんの野菜がのびのび育っています

 

農業経営や有機農業についての知識を重ねていくなかで、縁あってこの土地と出会った平子さん。畑を見て回るうちに、土づくりを基本とする人の営みと、蛍が住むその美しさに惹かれ、この地で新たな農業の歩みを始めることを選びました。

 

受け継がれた畑、先代からの土づくり

「さとう有機農園」は、30年以上前に生まれました。まだ有機という言葉が一般に定着する前から、先代の佐藤ご夫妻は土づくりに向き合い、試行錯誤を重ねてきました。

畑で起きることは毎日ちがいます。気温も、雨も、風も、土の表情も。その変化の前で、あわてず、あきらめず、同じ場所に立ち続ける。兼業農家が増える中で、ご夫婦の仕事はまさに職人の仕事だったのだろうと感じます。

農園の入口に立つ「さとう有機農園」の看板。その文字にも、有機的なやわらかさと、どこか楽しげな空気があります

大分県で最初に有機認証を受けた農園。その背景には、ご夫妻が少しずつ積み上げてきた技術と情熱がありました。

農薬への姿勢も明快でした。国の制度で「基準内なら使用可」とされるポジティブリストの農薬も含め、農薬は一切使わない。「適した気候と土地を生かせば、本来、農薬は不必要」。そのことを、畑で実践し続けてきました。

やがて、ご夫妻が高齢となり、後継者が見つからないまま歳月が過ぎていきます。そんなとき、「継いでほしい」と声を掛けられたのが平子さんでした。

先代が大切にしてきた「土を信じる農業」。その考え方は、平子さんの歩んできた道と、無理なく重なるものでした。こうしてこの畑は、次の世代へと託されることになったのです。

 

茨城で土づくりから学び始めた平子さんに、農園の想いやこれまでの歩みを伺いました。

 

微生物が息づく畑から

この農園には、微生物の働きを生かし、化学肥料に頼らず育てる土があります。

落ち葉や米ぬか、焼酎かす、椎茸栽培で役目を終えた培地、牛糞など、地元にある有機物を使って堆肥をつくり、土へと還していきます。

発酵の力で温度を保つ「踏み込み温床」という昔ながらの技法で苗床を整え、夏の野菜づくりに備える。冬には、腐葉土を生かしながら、寒い季節の野菜を育てていきます。

「土が整うと、根がしっかりと張り、茎も葉も元気に育ちます。大きく肉厚に育った野菜は、虫が来ても負けにくい。どの野菜も香りがよく、食べ応えがあって、元気が出る味わいだと、食べた方からも喜ばれています。」そう平子さんは話します。

微生物の働きによって育つ、化学肥料に頼らない土。ふかふかとあたたかい

堆肥を通してミネラルやカルシウムのバランスを整え、微生物が活躍しやすい土づくりを大切にしています

 

難しさは、有機そのものではなかった

畑を引き継ぐことが決まり、平子さんがあらためて考えたのは、次の世代も、有機農業をどう続けていけるかということでした。

これまで、堆肥づくりや有機農場の経営、流通の仕組みづくりなど、土から販売までの現場に関わる経験を重ねてきた平子さん。そのなかで、化学肥料や農薬に頼ることで、土が弱り、作物も人も疲弊していく循環を、実感として知っていました。

窒素過多、虫の集中、農薬散布、免疫の低下。化学肥料で急激に育った葉は柔らかく、虫の標的になりやすくなります。そうした流れは、どこかで断ち切らなければならない。

強い野菜づくりで大切なのは、排水や水はけといった物理性、ミネラルのバランスという化学性、そして、目に見えない微生物の働き。この三つがそろうことで、土は本来の力を発揮していきます。

草刈りも、放置していたら大変ですが、小さな草のうちに手を入れれば済むこと。
空いた土地を見つけたら、少しずつ有機へ。時間をかけて土が変わり、それに応じて、野菜の姿や味わいも健やかで食べ応えのあるものへと育っていきます。

こうした現場の積み重ねを前にして、平子さんは言います。「有機農業は、難しくありません。難しいのは、長く続けてきた常識や、思い込みを手放すことでした。」

朝晩、冷え込み始めた中秋の畑では、冬野菜がゆっくり、力をつけています

 

多品目を育てることで、収穫の時期は途切れにくくなり、作業も一時期に偏りません。「農業が、ちゃんと続けられる仕事であること」。その感覚を、日々の現場の積み重ねで形にし、若い世代にも「やってみたい」と思ってもらえたら、と平子さんは考えています。

「有機は、特別なことではなくて、工夫の積み重ねが大事だと思います。」先代が育ててきた畑の上に、平子さん自身の経験と工夫が重なり、農園は、いまも歩みを重ねています。

 

一日の終わり、次の収穫の段取りについて、自然と声がかかる。そんな時間が、畑には流れています。

 

季節の恵みを食卓へも

さとう有機農園の畑はまるで、季節を映す大きなカレンダーのようです。

冬にはキャベツやブロッコリー、カリフラワー。春から夏にかけては、ピーマン、きゅうり、ミニトマト。秋になると、なすやかぼちゃが実を太らせ、小松菜やレタス、白菜といった葉もの野菜も育ちます。畑の景色は、季節のうつろいとともにゆっくりと色を変えていきます。

 

季節は終わりに向かう頃でも、きゅうりやピーマンは、まだみずみずしい

「うちでは、主力作物という考え方をあまりしていません。」多品目で栽培することは、天候不順や相場の変動が多い今の時代では、とても大きな支えになります。そして、さまざまな野菜を育てることで、土の微生物にも多様な働きが生まれ、畑全体が健やかに循環していくのだと言います。

収穫された野菜は、大分市の豆腐とお惣菜のお店「豆の力屋」、別府の「ひょうたん温泉」、地元スーパーなどへ。県内だけでなく、東京、関西、福岡、名古屋と、全国各地へと旅立っていきます。

 

豆の力屋さんの店頭に並ぶサラダ。農園の野菜が、やさしい味わいを支えています

 

豆の力屋さんの店頭に並ぶサラダ。「満点こんにゃくサラダ」や「満点豆腐サラダ」には、さとう有機農園の野菜が使われています。豆腐や煮豆のやわらかな味を引き立てるのは、畑で育った素直な野菜たち。オリジナルドレッシングを絡めて、体が整うような満足感のある一皿です。

形が少し不揃いな野菜も、捨てることはありません。加工用や別の流通へと役割を変え、どんな野菜にも居場所がある。畑の命を無駄にしない仕組みが、ここにはあります。

「地域のものを、地域で食べて、つないでいく」。その思いは変わらないまま、この土地で育った野菜を待ってくれている人たちが、少しずつ増えています。畑と食卓のあいだに、静かだけれど、確かな循環が生まれていることを感じました。

有機でありながら、無駄を出さない工夫を重ね、手に取りやすい価格で食卓へ

畑の恵みを、そのまま箱に。野菜は今日も、全国へと旅立っていきます。

 

同じ畑で、いろんな人が育って

ここでは、日本のほか、ベトナムから来た若い人たちも活躍しています。育ってきた環境も、言葉も、農業の経験もさまざまです。けれど畑に立てば、土の状態を見て、野菜に向き合うことは同じ。そんな一日から始まります。

「国籍は関係ありません。農業を知らなくてもいい。面白いと思ってもらえたら。」平子さんは、そう笑って話します。

出荷のトラックを待つあいだ、収穫の手が、途切れることなく動いています

 

畑で汗を流すうちに、人の表情は少しずつ変わっていきます。自分の役割が見えてくると、野菜の成長が、自分ごとになり、暮らしとして農業を成り立たせる感覚も、日々の積み重ねの中で育まれていきます。

農園は、野菜だけを育てる場所ではありません。いろんな言葉が行きかう、のびのびとした畑では、「安心でおいしいものづくり」を軸に、いろんな人が育っていきます。

 

蛍の光を、これからも

宇佐の農地は、一見すると、どこにでもありそうな田舎の風景です。山があり、水が流れ、畑がひらけている。けれど平子さんは、そこに可能性を感じています。

「蛍が飛んで、山のほうにはサンショウウオがいる場所は、もう、そう多くありません。」

水がきれいで、小さな生きものが当たり前に暮らしていること。その環境があるからこそ、畑があり、野菜が育つ。平子さんは、この土地の力を生かしながら、有機農業を広げ、ここで自立していく若者が増えていくことを思い描いています。

おいしそうに色づいた茄子。秋の食卓で、どんな一皿が生まれていくのでしょう

畑で採れた野菜を、すぐ横の作業場で袋詰めに。色の濃い野菜が並びます。

 

この土地では長いあいだ、野菜を育て、加工するつくり手へと手渡し、あるいは食卓へ直接届ける営みが続けられてきました。その流れは着実に根付き、次の世代へ手渡していく準備も進んでいます。

「昔ながらの生態系が広がる、水がきれいな山間地で、有機のものづくりは、まだたくさんチャンスがあると感じています。」

穏やかな畑を眺めながら、蛍が飛ぶ季節に、宇佐ののどかな風景を訪ねてみたいと思いました。畑を渡る風や、水の音に耳を澄ませ、青空の下で農園の元気な野菜をいただく。そんなひとときは、きっとその後の日常を豊かにしてくれるはずです。

食べることは、土地とつながること。さとう有機農園の野菜が、そのことをそっと教えてくれるでしょう。

 

 

有機野菜を食べに、大分へ

 

豆の力屋

〒870-0030 大分県大分市志手町3-3  Googleマップ
TEL:097-594-6500
営業時間:10:00~19:00
定休日:無休(要確認)

 

2025年10月取材