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一度、途切れた酒が、再び羽ばたくまで。米づくりを守る酒蔵が、選んできたこと。

持続可能な食文化を支える事業者FILE6:ぶんご銘醸
[Cover Photo]タンクに囲まれて笑顔を見せる、代表の狩生孝之さん。

 

大分県佐伯市は、発酵の文化が根づく町。この地で、37年ぶりに日本酒がよみがえりました。

手間や効率、時代の流れを超えて原点に立ち返る。土地とともに続けていくという選択が、次の一歩になっていったのです。

 

途切れた酒、戻ってきた原点

「正直、最初はひどかったんです」。

そう言って、ぶんご銘醸の狩生孝之さんは少し照れたように笑います。37年ぶりに再開した日本酒づくり。最初の一本は、思い描いていた味にはほど遠いものでした。

明治から続くぶんご銘醸は、かつて清酒を造っていましたが、時代の流れのなかで主軸を焼酎へと移し、甘酒づくりも深めながら、日本酒から距離を置くようになります。

かつて多くの地方の酒蔵がそうであったように、酒は大手へ卸す「桶売り」によって成り立っていた時代もありました。しかし制度が変わり、その構造が成り立たなくなると、日本酒づくりを続けることは、次第に現実的ではなくなっていきました。

焼酎と甘酒が主力となっていくなかで、日本酒づくりは、米を削り、麹を育て、低温でじっくり発酵を待つ、手間と時間のかかる仕事でした。原料米の価格変動も経営に直結し、事業として見れば決して効率的とは言えません。

それでも2011年頃、蔵は再び日本酒を造る決断をします。「日本酒は、蔵の原点だからです」。

父である会長は、一度は手放した酒づくりを、あらためて選び直しました。それは過去を懐かしむためではなく、酒蔵として何を受け継ぎ、地域とどう歩んでいくのかを、もう一度確かめるための選択でした。

こうして生まれたのが、日本酒『佐伯飛翔』。佐伯の名を冠し、この土地から再び羽ばたくようにという願いが込められています。

一度途切れた酒は、原点として戻り、そして、次へ進むための出発点にもなりました。

「日本酒は、蔵の原点だから」。37年ぶりの挑戦を語る狩生さん

 

なぜ、もう一度つくれたのか

37年ぶりの日本酒復活は、決意だけで成り立つものではありませんでした。

では、なぜもう一度、日本酒を造ることができたのでしょうか。

ひとつは、酒蔵の中に残り続けていた技術です。日本酒を造っていなかった期間も、蔵では焼酎づくりが続いていました。

微生物の働きを見極め、温度を管理し、もろみの状態を読む。酒と向き合う感覚そのものは、途切れていなかったのです。

ぶんご銘醸は、手造りと量産のバランスを取りながら、幅広い酒づくりに挑戦しています

 

「体が覚えている、という感じに近いかもしれません」。狩生さんはそう振り返ります。

もうひとつ、大きな支えとなったのが、地元の存在でした。どの地域でも小さな酒蔵が町から姿を消していく時代。それでもこの町には、「もう一度、ここの酒を飲みたい」という声がありました。

日本酒復活にあたり、蔵は設備を一新して大量生産を目指すのではなく、まずはその声に支えられる形で、小さく始める道を選びます。今で言えば、クラウドファンディングのような仕組みで想いを募り、日本酒づくりをスタートさせたのです。

待ち望んでいた酒ができると、人は自然と集まってくれました。新酒の季節には多くの人が集い、その年の味を語り合います。年々、応援する人々が少しずつ増え、いまでは約250人が、その年の『佐伯飛翔』を楽しみに待ってくれています。

 

 

地域とともに再出発した日本酒づくり。佐伯から世界へ羽ばたくようにと名付けられた『佐伯飛翔』

 

水と米に支えられて

とりわけ日本酒は、水と米という、土地そのものの恵みから生まれます。

ぶんご銘醸があるのは、佐伯市直川地区。山あいの道を進んだ先に、森と田畑に囲まれ、風の通りがやわらかな場所があります。この地を流れる水は、山の奥で生まれ、森を抜け、時間をかけて里へ下りてきたものです。

「酒を造るには、とてもいい水です」。狩生さんはそう話します。

約20年前に工場を移転した際も、この水質は大きな判断材料でした。やわらかく、前に出すぎない水が、米や麹の働きを静かに支え、酒の輪郭を整えてくれます。

 

明治43年、林業を支えるために始まった酒づくりは、かたちを変えながら、今も地域の暮らしのそばにあります

 

そして、もうひとつ欠かせないのが米です。米は酒の原料である前に、人の暮らしを支える主食です。

 

復活した酒の米は佐伯産の山田錦や吟のさとを使用。年ごとに表情豊かな味わいに

 

「酒づくりに向き合ってこれたのは、米をつくってくれる農家がいるから」。

その言葉どおり、ぶんご銘醸と地元農家との関係は、長い時間をかけて結ばれてきました。日本酒『佐伯飛翔』に使われているのも、佐伯産の山田錦や吟のさとです。

酒を造ることは、地域の米づくりを守り、農家の営みが続いていくことを共に引き受けるということでもあります。その考えが、蔵の根底にあります。

酒は、技術だけでは生まれません。人の手、土地の水、農家の営みが重なって、はじめて喜ばれる一杯になります。

日本酒づくりを再開したことで、ぶんご銘醸はあらためて確信しました。この土地だからこそ、生まれる酒の味があるのだということを。そうしてこの場所から、次の挑戦が広がっていきます。

 

日本酒、焼酎、甘酒。それぞれの役割と時間を受け止めながら、今日も蔵の中では複数の“時間”が流れていきます。

 

復活が生んだ、次の酒

日本酒づくりを再び始めたことで、蔵の中では、もうひとつの変化が起きていました。それは、流行に便乗することでも、誰かの真似をすることでもなく、これまで培ってきた焼酎づくりを、あらためて見つめ直すことでした。

日本酒も焼酎も、発酵に向き合い、微生物の働きを見極め、温度や時間を管理するという点では、共通するものも多くあります。

焼酎も日本酒も、温度管理が大切と語る狩生さん。蒸した麦を回転させながら冷却する機械を見せてくれた

 

「日本酒づくりの技術を、焼酎に生かしたうまい酒を届けたい。これは、大分の酒蔵だからこそできることだと思っています」。

そう語る狩生さんの言葉どおり、日本酒づくりで磨かれてきた感覚で生まれたブランドがあります。麦焼酎『杜谷(もりや)』シリーズです。

日本酒と同じように原料を丁寧に磨き、低温で時間をかけて発酵させる。焼酎でありながら、吟醸酒を思わせる香りと透明感を目指した仕込みが、その土台にあります。

蒸留を待つもろみ。泡が立ち、力強い発酵が進みます

 

もろみの状態を読む目、微妙な温度変化への気配り。麹や酵母の働きに耳を澄ませる感覚は、日本酒づくりを再開したことでいっそう研ぎ澄まされ、『杜谷』の個性として表れています。

なかでもシリーズの『華むぎ』は、「なでしこ酵母」という花酵母を使い、華やかな香りと、雑味のないすっきりとした飲み口を引き出しています。

香ばしさを前に出すのではなく、やわらかさや透明感を大切にする。その味わいは、日本酒の技術を重ねた焼酎ならではのものです。原料に向き合う姿勢も、清酒づくりと変わりません。

 

清酒の技術を重ねた麦焼酎『杜谷 華むぎ』のほか、「白」や「黒むぎ」が並ぶ

日本酒を復活させたから、焼酎が変わった。焼酎を造り続けてきたから、日本酒に戻れた。

別々の酒を切り分けるのではなく、積み重ねてきた技術を横断させる。その選択が、蔵の中に新しい流れを生み出しました。

酒は、ひとつの答えにたどり着くと、次の挑戦を導いてくれているかのようです。いまでは、麦焼酎をコナラ木樽で長期熟成させ、「時間」を愉しむ一杯など、唯一無二の味わいを届ける酒も生まれ、蔵の世界はさらに広がっています。

コナラ木樽で眠る長期熟成酒。ふくらみのある香りと甘みが広がる麦焼酎を待ち遠しく思う方も多い

 

甘酒は、暮らしの発酵

日本酒や焼酎が、時間をかけて育つ酒だとすれば、甘酒は、できあがるとすぐに人の手に渡っていく発酵の飲みものです。発酵の力が生きている分、蔵を出たらできるだけ早く、おいしい状態で味わってもらうこと。それが、作り手としていちばん嬉しいことです。

ぶんご銘醸では、30年以上前から、地元の米と水を使い、甘酒を造ってきました。派手な売り方はせず、日々の飲みものとしてのおいしさや、体へのやさしさを、少しずつ伝えてきました。

 

別の甘酒工場では、瓶詰め後、一本ずつ丁寧に検品しながら箱に詰められていきます

 

 

なかでも人気なのが、『まいにちつづけるおいしいあまざけ』。

米と米麹、水だけでつくるアルコールフリーの甘酒で、飲みものとしてだけでなく、料理にも使いやすい発酵食品として、その使い道を広げています。

 

香りや甘さのバランスがよいと人気。オンラインでも購入できます

 

長年培ってきた質の高い甘酒づくりは、やがて給食の現場へとつながっていきました。学校給食ではアレルギー対応が大きな課題ですが、ぶんご銘醸の甘酒は、自然な甘みとコクを生かした調味料として取り入れられています。

煮物や炒め物、ごま和えやドレッシングなど、献立の中に無理なくなじみ、子どもたちの舌に、発酵の味をそっと届けています。

「甘酒を、特別な飲み物ではなく、日々の暮らしの中で使ってほしい」。

その延長線上に生まれたのが、佐伯IC近くにあるファクトリーショップ『麹の杜』です。2019年、発酵の世界を伝える場所として生まれました。

そこでは、甘酒づくりの現場を見学できるだけでなく、予約をすれば保温容器での甘酒づくりの体験も。子どもから大人まで、米の力や発酵の面白さを、舌と体で知る場所です。

西日本で唯一、見学できる甘酒工場。あまざけ手作り体験では「あまざけ職人認定書」がもらえます

 

できたてを楽しんでほしい甘酒。一方で、時間をかけて育つ酒もあります。「職人の目が行き届く小さな蔵だからできることかもしれませんね」。そう前置きしながら、狩生さんは、発酵の力が生む食の魅力を、楽しみながら育て続けています。

 

麹の町・佐伯で、酒蔵が担うこと

佐伯は、古くから発酵や麹の文化が根づいてきた町です。米があり、水があり、そこに人の営みと発酵の知恵が重なって、食と暮らしが形づくられてきました。

その中で、ぶんご銘醸は、酒蔵という立場から、発酵の力を現代の暮らしへとつなぎ続けてきました。日本酒として、焼酎として、甘酒や調味料として。姿は違っても、根にあるのは、米と水、そして人との関係です。

一度は途切れた日本酒を、原点として選び直したこと。その技術を、焼酎へと重ね、新たな味を生み出したこと。甘酒を、毎日の食卓や給食へと広げ、次の世代へ手渡していくこと。

それらはすべて、効率や流行だけでは測れない選択でした。けれど、土地とともに歩むという軸を持つことで、酒蔵の役割は、少しずつ広がっていきました。

酒蔵は、酒を造るだけの場所ではありません。地域の農業を支え、発酵の文化を伝え、暮らしの中に小さな豊かさを届ける存在でもあります。

今日も蔵の中では、もろみが静かに息づき、酒が仕上がり、次の仕込みが始まっています。その一つひとつに流れているのは、急がず、止まらず、続いていく時間です。

麹の町・佐伯で。ぶんご銘醸はこれからも、酒蔵としての役割を問い続けながら、町を発酵の香りでいっぱいに満たしていきます。

 

 

 

 

「佐伯飛翔」と甘酒を味わいに、大分へ

 

麹の杜

TEL:0972-48-9386
営業時間:10:00~17:00
定休日:木曜日

 

2025年12月取材