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希少なガンジー牛から生まれるミルク、チーズ、精肉。命をいただくことに感謝して。
持続可能な食文化を支える事業者FILE7:ガンジー牧場[Cover Photo] 雄大なくじゅう連山のふもとで、牧場の未来について語ってくれた生野さん
標高約800mの丘の上にあるガンジー牧場。空が広く、澄んだ風が通り、時間の流れがゆるやかに感じられる場所です。
この高原で、全国的にも希少なガンジー種の乳牛を育て、ここにしかない牛乳やソフトクリーム、チーズなどをつくりながら、命の循環に向き合う牧場を営んでいます。
大自然のなかで、グビグビと
なだらかな起伏の向こうに、くじゅう連山が連なり、春から初夏にかけてはミヤマキリシマが山肌を染め、秋にはススキが風に揺れて、高原全体が光るくじゅう高原。地元の人たちによる放牧や野焼きが、長い時間をかけて受け継がれ、草原としての姿が守られてきました。人の営みと自然が、静かに折り合いをつけながら続いてきた場所です。
日田ICから車でおよそ50分。視界がひらけ、空が近づいてくるころ、その流れの中に、くじゅう高原ガンジー牧場はあります。

この看板の先に、牧場の風景がひらけます
牧場に立つと、まず空気の違いに気づきます。凛として、少しひんやりとした空気。遠くの山を越えてきた風が、草を揺らし、雲を流し、そのまま頬をなでていきます。
敷地内には、レストランやガンジー牛の乳製品を扱う売店、のんびりと歩ける散策路があり、親子や友人たちとゆったり過ごせます。

酪農工場と売店、レストラン。つくる場所と味わう場所が、ほどよい距離感で並んでいます
派手なアトラクションはありませんが、走ったり、座ったり、空を見上げたり。自然の中で自由に遊ぶことができます。あたたかい日には、ソフトクリームを片手に散策したり、子どもたちと走り回ったり、木陰で本を読んだり。
何もせず、ただ空を見上げている人もいます。雲の影が山を渡り、光が移ろっていく。その様子を、ぼんやり眺めているだけで、時間の感覚が、少し緩んでいきます。
池では鴨の群れが、人の足音に気づいて、にぎやかに歌い出しています。少し離れたところにはポニーがいて、人参を手に、そっと触れることができます。

池を泳ぐ鴨や、愛らしいポニーに、思わず足を止めたくなります
くじゅう高原ガンジー牧場は、いわゆる「体験をこなす」観光牧場とは、少し違います。「楽しませる」よりも先に、「居てもらう」場所。何をしてもいいし、何もしなくてもいい。それぞれが、自分の呼吸に合った時間を過ごしています。
風を感じて、喉が渇いたら、グビグビとミルクを飲む。それだけで、十分楽しめる場所なのです。

視線の先には、くじゅう連山のどっしりとした稜線が、牧場をあたたかく包みます
濃くてほんのり甘い、ゴールデンミルク
この牧場がスタートしたのは、平成元年(1989年)。
「イギリスの牛を入れて、牛乳の魅力をさまざまな形で届けたい」
そんな思いから始まり、いまに受け継いでいるのが、マネージャーの生野晃司さんです。
当時、味わいのある乳を求めて出会ったのが、ガンジー種の乳牛でした。イギリス・チャンネル諸島に浮かぶガンジー島原産の乳牛で、茶色と白のまだら模様が特徴。体型はジャージー種に似ていますが、ひとまわり大きく、骨太な体つきをしています。環境への適応力が高く、かつて南極探検隊に同行し、基地で牛乳を生産したという逸話も残っています。
ガンジー牛は、日本では飼育されている数がとても少ない乳牛です。ホルスタイン種が大半を占める中で、その存在は、ひときわ珍しいものといえるでしょう。
搾れる乳量は、ホルスタインの半分ほど。けれど、その分、乳脂肪分やカルシウム、ビタミンが豊富で、味わいはとても濃厚です。黄色味を帯びたその乳は、「ゴールデンミルク」とも呼ばれ、バターやチーズなどの加工にも向いています。
乳質の良さと希少性から、かつては「貴族や富豪のための牛乳」とも呼ばれ、イギリスで大切にされてきた歴史があります。

臭みが少なく、濃厚でクリーミー、そしてほんのり甘い。牛乳が苦手な人でも飲みやすいという評価も

売店では新鮮なガンジー牛乳100%の乳製品を味わえます。ここでしか出会えない一品は、お土産にも


店内にはチーズやソーセージ、ハムなどの加工品も並び、大人もお酒のおともにうれしい品ぞろえ
搾乳には、手間も時間もかかります。効率よく、というわけにはいきません。牛の状態を見ながら、しっかりとマッサージをして、丁寧に絞っていく。ここの牛乳を一口飲めば、量ではなく、質の良さで選ばれてきたのだと分かります。
牧場のソフトクリームは、そのおいしさを象徴する存在です。かつては朝7時ごろから夕方までつくり続けた日もありました。今も週末は1日に数千個が売れる日もあり、連休や夏休みには長い行列ができるほどの人気です。濃厚なのに、後味はさっぱり。この風景の中で味わうと、もう多くを語る必要はありません。
まっしろな美しさを、大きく、かたちよく。売上げが日本一になった年もあるほどの人気です

バニラをベースにゴールデンミルクをたっぷり使い、濃厚なのに後味の切れが心地よい
それでも、きれいごとだけでは
ガンジー牛は、決して飼いやすい牛ではありません。
体つきは美しいけれど、足が長い分、転倒やケガなどの事故が起こりやすいという側面もあります。
そして、乳量は多くはありません。それは、この牧場を続けていくうえで、決して楽な条件ではありません。守りたいという思いだけでは足りず、工夫を重ね、ひとつずつかたちにしていく必要があります。それもまた、この牧場の日常です。
「想いだけじゃ、守れない」
牧場を預かる立場として、生野さんは、その現実をよく知っています。

制度や現場の制約と折り合いをつけながら、商品や滞在の質をどう保つかを考えてきたと語る、生野さん
生野さんは、動物をこよなく愛する人です。
子どもたちや家族連れが、この牧場で何かひとつでも心に残る時間を持ち帰ってくれたらと、いつも考えています。
一方で、平成の頃に思い描かれていた「理想の牧場」を、そのまま続けることの難しさも、身をもって感じてきました。
ソフトクリームブームで行列ができ、数字が伸びた時代。うまくいっている時ほど、次の波に備えなければならない。続けてきた人ほど、その重さを知っています。
牛の恵み、すべてを伝えたい
牧場は、牛の恵みと自然への感謝を、食を通して伝える道を選んできました。
濃厚なミルクから生まれる、チーズやヨーグルト。その美味しさを、ひと味違うかたちで味わえるピザやパン。そして最近では、雄牛もまた、精肉として命の恵みを伝えています。
この牧場では、「乳」も、「加工」も、「肉」も、すべてをひとつながりの営みとして捉えています。
去年から始めたハンバーガーは、鉄板で焼いたときに立ちのぼる肉の甘い香りが評判です。
スパイスソースは肉に合うよう手づくりし、子どもでも食べやすいよう、はちみつを使ってマイルドに。もっちりパンも、もちろん自家製です。
ガンジー牛100%。手づくりバンズとソースがマッチした絶妙な一品
ガンジー牛からできた四つのチーズのコクが楽しめるクアトロピザは、大人から子どもまで人気の一枚。製法によって生まれる味わいの違いを、一枚の皿で楽しめます。
4種のチーズ(カマンベール・カチョカバロ・チェダー・ディグニティ)のピザ。仕上げは、はちみつを少し
「牛を通して、命の循環をずっと見てきました。」
命が生まれ、つながり、やがて終わる。その流れを、いまは直接見せることはしていませんが、自然のなかで、少しでも感じ取ってもらう場になればと願っています。喜びだけでなく、見送る時間も含めて。牛と過ごしてきた歳月が、生野さんの言葉の奥にあります。
かつては、バターづくりなどの体験も行い、観光客に人気でした。いまは牛たちの負担にならないかたちを選びながら、食の循環を伝えるという営みを見つめ直しています。

子どもたちに人気の「カブト虫号」。この車で移動しながら見学する、楽しげな笑い声が聞こえてきそうです
学校の社会科見学も受け入れています。店内の壁に貼られた子どもたちの感想カードには、
『最初は怖かったけど、牛のやさしさを感じた』『餌をたくさん食べて、乳をつくることがわかった』『いろんな質問に答えてもらい、牛博士になれた』などの言葉が並びます。のびのびとした、手書きの言葉は、この場所で何が伝えられてきたかを物語っています。

牛を見て、命を知って、心に残ったこと。子どもたちの言葉が並びます
時間を忘れ、深呼吸する場所
かつて、くじゅう高原では、夏に気温が30度を超える日はそう多くありませんでした。標高の高さと風のおかげで、牛にとっても、人にとっても、過ごしやすい環境だったのです。
ところが近年、暑さの質が変わってきました。気温が上がる日が増え、牛たちにとっては負担のかかる時間も長くなっています。
牧場では、牛舎に扇風機や冷房を入れ、暑さをやわらげる工夫を続けています。大きく何かを変えるというより、牛の様子を見ながら、できることを一つずつ。
売店から遠くに見えるガンジー牛たちの暮らしの場。その向こうに、阿蘇方面の山なみが望めます
牛のほかにヤギやウサギ、馬がいる時期もありました。今、場内で触れ合えるのはポニーや池の鴨たちです。にぎやかさは控えめになりましたが、そのぶん、風景に目が向く時間が増えました。
「何かを体験し、消費して帰る場所としてだけではなく、ただ、ここにいて、風を感じ、空や山を眺める時間も過ごしてほしい。」
生野さんは、そう語ります。

高原の風を受けながら、牧場の一日を案内してくれる生野さん
少しずつ変わっていく環境と向き合いながらも、毎年、生野さんとの会話を楽しみに、手土産を携えて訪ねてくる人もいるそうです。
最近では、海外から訪れる人の姿も見られるようになりました。言葉は違っても、風景や味わいは、ちゃんと伝わる。この場所が持つやわらかな時間は、国や文化を越えて共有できるものかもしれません。
命と笑顔の循環を生み出すために
「サステナブル」という言葉は使わなくても、この牧場には、自然とともに過ごすための工夫があります。
無理をしないこと。でも、逃げないこと。
ガンジーという日本では希少な種類の牛を通して、命に向き合い、日々の継続に向き合い、そして、人に向き合うこと。
くじゅう高原ガンジー牧場は、「正解」や答えを示す場所ではありません。変わりゆく時代のなかで、無理をせず、背伸びもせず。この高原で、牛たちとともに、これからの時間を、ていねいに積み重ねていこうとしています。
今日も牛と向き合い、ソフトクリームをつくり、新しい工夫をスタッフみんなで考えながら、訪れる人の喜ぶ笑顔を思い描いています。

この日も、くじゅう高原は気持ちのいい風でした
「ゴールデンミルク」を味わいに、大分へ

くじゅう高原ガンジー牧場
〒878-0201 大分県竹田市久住町大字久住4004-56 Googleマップ
TEL:0974‐76‐0760<
営業時間:9:00〜17:00
2025年12月取材



