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土地の酒であり続けるために。うまい酒を片手に、臼杵の町を歩く。
持続可能な食文化を支える事業者FILE8:久家本店[Cover Photo]久家本店16代目の久家里三さん。とにかく臼杵の食に関する話題が尽きない取材だった
海と山が近く、発酵の香りが暮らしに溶け込む町、臼杵。活きの良い魚、味噌や醤油とともに、この土地の食卓を支えてきた酒があります。
効率よりも、流行よりも、「臼杵らしさ」を楽しむように大切に。久家本店の酒づくりは、町の味と歩幅をそっと映し出しています。
ごはんと一緒に、酒がある町
魚を焼き、味噌汁をつくり、酒を少し注ぐ。臼杵では、日々のごはんのそばに、いつも酒と発酵の文化があります。
豊後水道に面し、海からはブリやアジ、フグが揚がり、内陸では豊かな水の恵みを生かして、味噌や醤油といった発酵調味料の醸造が営まれてきました。そうした食の営みを支える存在として、酒造りもまた、人々の暮らしとともに続いています。
臼杵は「有機の里」としても知られ、町ぐるみで土づくりに取り組んできた歴史があります。
完熟堆肥を使った畑、手をかけて育てられた野菜。とれたての野菜は、その日の料理だけでなく、漬物など、発酵の力で新たなかたちへと姿を変えていきます。
そうした営みのそばには、いつも水があります。畑を潤し、蔵へと流れ、人々のこころとからだを豊かにしてくれる水。臼杵の食文化は、水を介した循環の中で育まれてきました。
臼杵の南に位置する津久見市一帯は、日本有数の石灰石の産地として知られています。
およそ10億年から20億年前、南太平洋に堆積した貝類などが、地殻変動によって隆起して生まれた石灰石層。その地層をくぐり抜けた水が、臼杵の町へと流れ込んでいます。
石灰石を通った水には、カルシウムやカリウムといったミネラルが含まれます。
大分県全体は軟水の地域ですが、臼杵や竹田の水は「中軟水」と呼ばれる、やや硬さのある水です。酵母は、こうしたミネラルを含む水のほうが発酵は活発になるといわれています。

取材先の久家本店の井戸。手を伸ばすとあふれる清らかな水が、長年にわたり蔵の酒づくりを支えてきました
臼杵の酒や味噌、醤油が、やさしく、どこか奥行きのある味わいをもつのは、人の技だけでなく、この土地の地質と水の力が静かに働いているからなのかもしれません。
おいしい食事に、地元ならではの味わい深い酒。そんな当たり前の日常に惹かれて、臼杵へと移り住む人や海外の観光客も、少しずつ増えています。
これだけは、ゆずれなかったこと
今回訪ねた久家本店の酒蔵は、臼杵の水の流れを間近に感じる川沿いにあります。町を流れる水と同じように、ここでの酒づくりもまた、長い時間をかけて積み重ねられてきました。
久家本店の創業は、1860年。
「酒を始めた、というより、引き受けた、という感じですね。」
そう話すのは、16代目の久家里三さん。
江戸の終わりごろ、臼杵藩(稲葉藩)の醸造所を引き受けたことが、この蔵のはじまりです。糸屋や魚屋といった商いを営んできた久家家が、時代の流れの中で新たに担うことになった営み、それが酒づくりでした。
現在、久家本店では、芋焼酎、日本酒、麦焼酎、梅酒、果実酒など、年間を通して幅広い酒を手がけています。
「焼酎だけ、酒だけ、というより、臼杵の暮らしに合う酒をつくってきました。」
焼酎ブームや果実酒が注目されるなど、時代との対話を重ねながら、そのたびに基準にしてきたのは、「臼杵の食と合うかどうか」という一点でした。

日本酒、焼酎、リキュール。蔵を巡りながら、久家さんが酒造りの現場を案内してくれました

時を重ねてきた蔵で、人が働き、人の縁も育ってきました
焼酎蔵へ足を踏み入れると、芋焼酎の香りが少しずつ立ち上がってきます
麹と酵母が静かに働く芋焼酎の発酵。ぷくぷくと音を立てながら、香りとコクが育っていきます
そんな中で、久家さんが大切にしてきた考えがあります。それが「桶買い」をしない、ということでした。
他所で造られた酒を仕入れ、自社の銘柄として販売する方法は、効率的で、量も確保しやすい方法です。実際、経営的に厳しい時期には、その方法を取っていたこともありました。それでも、「自分たちが造った酒だけを名乗りたい」という思いが、次第に強くなっていきます。
「これは、本当に“うちの酒”なんだろうか。」
どんな水や原料で、誰がどんな思いで造った酒なのか。自分の言葉で語れない酒を名乗ることに、違和感を覚えるようになったのです。
それ以降、久家本店は、すべて自社で造った酒だけを世に送り出しています。経営としては、決して楽な道ではありません。それでも、「土地の酒であり続ける」ために、越えておきたい一線でした。
賞や評価についても、久家さんは肩の力を抜いて話します。
「賞はうれしいです。でも、目標ではないですね。」
臼杵の食卓で、自然と盃が進むこと。その場面を思い浮かべながら、酒を造っています。

日本酒造りがひと段落した蔵の横では、ボトリングや梱包作業がにぎやかに進んでいます

焼酎かすやサツマイモの皮は、堆肥や飼料として畑や牧場へ。酒づくりは、次へとつながります
海外から想う、臼杵のこと
久家さんが、酒づくりの考え方を大きく見直すきっかけになったのは、フランスで開かれたワインの見本市でした。
「日本酒が、まだヨーロッパでほとんど知られていなかった頃でしたね。正直、売るつもりで行ったというより、手探りの挑戦で日本からいくつかの酒蔵が参加したのです。」
そう話しながら、久家さんは当時を振り返ります。
ワイン醸造家の間で交わされていたのは、精米歩合や酵母といった技術の話ではありませんでした。
「日本酒って、どうしても数字やスペックで説明しがちなんですよね。精米歩合が何%で、どんな酵母を使っていて、って。」
そう言って、久家さんは少し笑いました。
「でも、ワイン造りの人たちは、技術の話より先に、土地の話をしていたんです。どんな場所で、どんな土で、どんな風が吹いているのか。それを語ることで、味を伝えていました。」
そのとき、久家さんの中で、ひとつの感覚が腑に落ちたといいます。
日本酒や焼酎も、技術の積み重ねであると同時に、土地そのものの表現なのではないか、と。
この体験をきっかけに、酒造りそのものだけでなく、酒の名前の付け方や、伝え方についても考えるようになりました。
「派手な名前を付けるよりも、どういう町で、どんな水で、どんな食と一緒に飲まれる酒なのか。それが、無理なく伝わる形を考えるようになりました。」
スペイン・サンセバスチャンでの食の記憶も、強く心に残っているといいます。街を歩きながら、少しずつ飲み、少しずつ食べる。酒は特別なものではなく、暮らしの延長線上にある文化だと気づかされたのです。
さらに世界に目を向けると、サンセバスチャン周辺の港町・ゲタリアや、イタリア・ピエモンテ州のアルバ、フランス南部のコリウールなど、規模は大きくなくとも、土地の味を、土地の言葉で語り続けている町があります。
臼杵もまた、そうした町々とどこか通じるものを感じます。久家本店の酒づくりも、外を見て、またこの町に立ち返る。その往復の中で、少しずつ形づくられてきたのだと思います。

焼酎蔵に満ちる、甘くやわらかな香り。久家さんの言葉もまた、穏やかな世界に溶け込んでいきます
久家本店の酒で、街をめぐって
久家さんの話を聞いていると、酒づくりは、蔵の中だけで完結するものではないのだと感じます。どこで飲まれ、誰と囲まれ、どんな料理と出会うのか。その風景まで含めて、酒なのだという考え方です。
実は臼杵では、過去に「臼杵酒場放浪記」という企画が行われていました。町なかを歩きながら、参加店を巡り、それぞれの店で少しずつ酒と料理を楽しむ。地図を片手に、知らなかった路地へ足を延ばす。そんな一日限りの秋の催しです。

城下町・横町に佇むアンテナショップ「満寿屋」。久家本店の酒が、この町の景色とともに並びます
久家本店の屋号「枡屋」から名付けられた満寿屋。清酒や焼酎、リキュールを、気軽に味わえる場所です
「歩いて飲む、っていうのがいいんですよね。」
久家さんは、そう話します。酒をきっかけに地元の人や旅行者が集い、店と店のあいだを歩くことで、町のあたたかな表情が記憶になる。それは、スペイン・サンセバスチャンで見た風景とも、どこか重なると言います。
臼杵には、そんな楽しみ方が似合う、久家本店の酒を味わえる店があります。
ふぐや日本料理を味わえる「ふぐ・日本料理 喜楽庵」。
スペイン料理と酒の組み合わせが楽しい「La Mancha」。
魚を知り尽くした店主が迎えてくれる「旬菜処 関乃家」。
地元の常連でにぎわう「居酒屋 よっちょくれ」。
焼肉とともに酒を楽しめる「焼肉 ハルナ」。
鳥料理が評判の「ゆふ」。
焼酎や日本酒、ワインが揃う「さんぽみち」。
そして、夜の臼杵らしい一杯が似合うスナック「ゆらり」。
どの店も、特別な一軒というより、「今日はどこで飲もうか」と町を歩きながら立ち寄りたくなる場所です。
久家本店の酒は、こうした店のカウンターや食卓で、臼杵の料理とともに楽しまれています。
「酒が主役というより、町が主役なんです。」
久家さんのその言葉が、ふと腑に落ちました。臼杵を歩き、店に入り、酒を飲み、また歩く。
その繰り返しそのものが、この町の楽しみ方なのかもしれません。気がつくと食の話は尽きず、「挙げるときりがないですね」と、笑い合っていました。
発酵がつなぐ、世界とこの町
地元の料理に合う酒を、地元の原料と水で仕込む。その積み重ねが、町全体を元気にする循環につながっていく。
「昔はそれが当たり前だったはずなんです。」
原料はできるだけ大分県産で。顔の見えるつながりを重ねていくことで、つくる人にも、支える人にも、酒への手応えが残っていく。副産物の酒粕が別の営みに活かされ、また町の食卓へ戻ってくる。発酵は、そんな循環を静かに生み出します。

ラベルを貼り終えた一本一本を、丁寧に見送りながら。酒はここから、全国、そして世界へ
海外へも少しずつ受け入れられているのは、外に合わせたからではありません。
臼杵の水、臼杵の食、臼杵の暮らし。その真ん中で生まれた酒が、結果として遠くへ渡っていくのだと思います。
「理屈じゃなく、飲んで旨い!と思ったら、それがその人にとって良い酒なんだと思います。」
地元の料理と地酒が並ぶ食卓に、笑顔が集う。久家本店の酒は、臼杵の水と食と人のあいだを巡りながら、町の営みを支える「エンジン」のような存在だと感じます。

発酵を軸に、人が集い、町が動く。久家さんの視線は、酒蔵から町中までと広く向いています
土地の酒であり続ける、ということ
臼杵は、大きな観光地ではありません。人口も減り、課題もあります。
それでもこの町には、土地の味を壊さずに続いてきた食文化があり、久家本店の酒づくりは、その象徴のひとつです。
効率よりも、誠実さを。規模よりも、関係性を。臼杵の水と食と人に向き合い続けること。町の中で酒が飲まれる風景を思い描くこと。そうした選択の積み重ねが、「土地の酒であり続ける」という姿勢を形づくってきました。
酒を片手に、街を歩く。知らなかった店に入り、料理を味わい、また歩く。その時間そのものが、臼杵の味なのかもしれません。
サンセバスチャンのように、はしご酒を楽しむ人たちが、風情ある臼杵の町を行き交う。そんな風景が、すでにこの町のあちこちに芽生え始めている。そう感じるひとときでした。
「臼杵の酒」を味わいに、大分へ

アンテナショップ 満寿屋
〒875-0041 大分県臼杵市 大字臼杵413番地(横町2組)
TEL:0972-64-7122
営業時間:10:30〜16:30
定休日:月、火
2025年10月取材


